本棚の奥から、久しぶりに引っ張り出してきた一冊が、またやってくれました。
軽い気持ちで読み返し始めたら、気づいたら夜中の2時。何度読んでも、次のページが気になる力が少しも衰えていません。シドニィ・シェルダンの「ゲームの達人」です。
今回の再読では、初読のころには気づかなかった、ちょっと奇妙な発見がありました。それと、登場人物が多くて誰が誰だか分からなくなる、という声をよく聞くので、4世代の人物関係を一枚に整理しておきます。
日本語版はアカデミー出版の天馬龍行訳。文庫はいま新刊で手に入りにくいこともあるので、中古も合わせて探すのが手っ取り早いです。
| タイトル | ゲームの達人(原題 Master of the Game) |
|---|---|
| 著者 | シドニィ・シェルダン(Sidney Sheldon, 1917-2007) |
| 原書刊行 | 1982年(米・William Morrow) |
| 日本語版 | アカデミー出版(天馬龍行 訳)。後に新超訳版あり |
| ジャンル | サスペンス・ファミリーサーガ・歴史小説 |
| 物語の射程 | 1880年代の南アフリカから約100年・4世代 |
| 全米での実績 | NYタイムズ・ベストセラーで4週連続1位、1982年の年間ベストセラー小説 第4位 |
| 映像化 | 1984年TVミニシリーズ(3部構成・全編で約7時間/ダイアン・キャノン主演) |
| 続編 | Mistress of the Game(Tilly Bagshawe 著, 2009年。シェルダン本人の作ではない) |
| 分量 | 日本語版は上下巻。英語版(原書)は約500ページ |
| 英語難易度 | ★★★☆☆(B1〜B2 / TOEIC 600〜800点目安) |
こんな人におすすめ
- ページを繰る手が止まらない本を探している
- 4世代・100年にわたる壮大な一族サーガが好き
- 強烈な女性主人公・悪女の物語が好き
- 英語多読を始めたい(入門〜中級)
- 南アフリカや帝国主義時代の歴史に興味がある
こんな人には合わないかも
- 文学的で美しい文体、詩的な描写を求めている
- ありえない展開に冷めやすい
- すっきりした勧善懲悪エンドを期待している
- 上下巻のボリュームに気後れする
登場人物が多くて誰が誰だか分からない、という声をよく聞きます。先に4世代を一気に整理しておきます。読み始める前にここを眺めておくと、物語の流れが格段につかみやすくなります。
| 世代 | 人物名 | 役割・特徴 |
|---|---|---|
| 第1世代 | ジェミー・マクレガー | スコットランド出身の青年。クルーガー・ブレント社の創業者。純朴な性格が復讐によって変貌していく |
| 第1世代 | バンダ | アフリカ人。瀕死のジェミーの命を救い、復讐を共に遂行する唯一の親友 |
| 第1世代 | ソロモン・バン・ダー・マー | オランダ系(ボーア人)の悪徳商人。ジェミーを騙して財産を奪う。復讐の標的 |
| 第1世代 | マーガレット | バン・ダー・マーの娘。ジェミーに利用されながらも、ケイトとジェミーJr.を産む |
| 第2世代 | ケイト・ブラックウェル | 本作の主役。ジェミーの娘。会社を世界的多国籍企業に育て上げる。目的のためなら手段を選ばない怪物的経営者 |
| 第2世代 | デビッド・ブラックウェル | ジェミーの右腕。のちにケイトの夫。「ビジネスはゲームだ」という言葉を残す。鉱山の爆発事故で死亡 |
| 第3世代 | トニー | ケイトの息子。芸術家肌の繊細な男性。母の冷酷な操作によって人生を潰される |
| 第3世代 | マリアンヌ・ホフマン | ドイツの大富豪の令嬢。ケイトの策略でトニーと結婚させられ、出産の危険を知りつつ双子を産んで命を落とす |
| 第4世代 | イブ | トニーの双子の娘(姉)。ケイトの血を最も濃く引いた冷酷な野心家 |
| 第4世代 | アレクサンドラ | トニーの双子の娘(妹)。善良で温かい人格を持つ。イブの陰謀のターゲット |
| 第4世代 | ジョージ・メラス | イブの共犯者。アレクサンドラと結婚して財産を狙うが、最後はイブに殺される |
| 第4世代 | ロバート | アレクサンドラの息子。音楽の天才として物語の末尾に登場。次世代の希望 |
読み始めてすぐ、変な感覚に気づきました。
物語は相変わらず強烈に面白い。夜中まで読んでしまうのも健在。でも「文章」そのものに、初読のときに感じたはずの熱が、今回はなぜか見当たらないのです。
試しに数ページ、意識して読んでみました。文学的な比喩も、心を揺さぶる情景描写も、ほとんどありません。彼は言った、彼女は電話した、銃声が響いた。ほとんど箇条書きに近いシンプルさです。文体だけ見れば、単調とすら言っていい。
なのに、なぜページが止まらないのか。
答えはここにあると思います。シェルダンは文章で読ませる作家ではなく、プロットで読者を引きずり込む作家なのです。
美しい言葉で読ませるのではなく、次に何が起きるのかという純粋な知りたい欲を、次から次へと爆発させ続ける。えっ、ここで死ぬの。嘘でしょ、バレるでしょ。その繰り返し。元ハリウッドの脚本家という経歴が、ここで本当に腑に落ちます。
文章は単調なのに物語は極彩色。この矛盾こそ、シェルダンという作家の本質だと思います。
物語は90歳のケイト・ブラックウェルの誕生パーティーから始まり、そこから100年前、1880年代の南アフリカへと一気に飛びます。
1883年、スコットランド出身の純朴な青年ジェミー・マクレガーは、ダイヤモンドが見つかるという噂を聞き、一攫千金を夢見て南アフリカへ渡ります。ところが現地の悪徳商人ソロモン・バン・ダー・マーに騙され、ダイヤモンドを奪われ、痛めつけられて瀕死の重傷を負わされます。
命を救ってくれたのは、アフリカ人のバンダでした。共通の敵を持つ2人は友情を結び、まずは大量のダイヤモンドを盗み出すという大胆な作戦を実行します。
序盤のジェミーへの仕打ちはかなり陰湿で、読んでいるこちらの鬱憤がどんどん溜まります。ところが、富を得て戻ってきたジェミーが仕掛ける復讐が、これまた徹底的に外道。バン・ダー・マーの会社を乗っ取り、娘マーガレットを妊娠させたうえで正体を明かし、敬虔な町の人々の前で恥をかかせ、最後は借金で破産に追い込み、自殺へと追いつめます。
ザマーミロ、と思いつつ、あれ、この人もかなりヤバい人間になってない、と思わずにはいられない。この快感と不安が同時に来るのが、シェルダンの巧さです。
復讐を成し遂げたジェミーはマーガレットと結婚し、娘ケイトと息子ジェミーJr.をもうけます。しかし原住民の蜂起のさなか、息子ジェミーJr.は連れ去られて命を落とし、その衝撃でジェミー自身も脳卒中で倒れ、やがて亡くなります。会社はマーガレットとデビッド・ブラックウェルが引き継ぎ、物語は第2世代へと移ります。
ジェミーの娘ケイトこそが、この物語の真の主役にして、最大のヴィランです。
幼少期に蜂起に巻き込まれて連れ去られかけた経験を持つケイトは、二度と誰かに支配されないという鋼鉄の意志を抱いて成長します。やがてクルーガー・ブレントの経営を握ることを決意しますが、右腕のデビッド・ブラックウェルがすでに別の女性と婚約していることを知ります。
それでもケイトは引きません。執拗な工作でデビッドの婚約を破談にさせ、自分と結婚させてしまう。結婚後も、会社のためなら夫の意見を無視して突き進む姿は、愛よりも会社が明らかに優先されています。そのデビッドも、後にクルーガー・ブレントの鉱山で起きた爆発事故で命を落とします。
このデビッドの言葉を、ケイトは家族にまで適用してしまいます。
ケイトの息子トニーは芸術家肌で、ビジネスに興味のない優しい青年でした。ケイトは彼が本気で愛した女性を巧みに追い払い、自分の意のままになる相手、ドイツの大富豪令嬢マリアンヌ・ホフマンと結婚させます。理由はただひとつ、二つの財閥を統合できる後継者を産ませるため。
マリアンヌは出産に命の危険があると医師に警告されていましたが、ケイトはその警告を握りつぶします。マリアンヌは双子を産み、命を落とします。
真実を知ったトニーは精神的に崩壊し、ケイトを撃とうとして取り押さえられ、施設へ送られます。
ここで私が一番ゾッとしたのは、これだけのことをしてもケイトが生き方を変えなかったことです。息子の人生を潰すという計り知れない代償を払ってなお、次は孫娘へと同じ執念を向けていく。ホラー映画より怖いです、これ。
トニーの双子の娘、イブとアレクサンドラは、対照的な性格を持って生まれます。
| 項目 | イブ(姉) | アレクサンドラ(妹) |
|---|---|---|
| 性格 | 冷酷・操作的・他者への共感が薄い | 善良・温かく他者への共感が強い |
| ケイトの当初の評価 | 後継者候補 | 軽視 |
| ケイトとの関係変化 | 妹への殺意が発覚し廃嫡 | 最終的に後継者として認められる |
ケイトは当初イブを後継者に指名しますが、イブがアレクサンドラを亡き者にしようとしていることに気づき、廃嫡します。廃嫡されたイブは共犯者ジョージ・メラスとともに、ジョージがアレクサンドラと結婚して彼女を始末すればケイトはイブを呼び戻すはず、という計画を立てます。
イブはジョージの暴力で顔を傷めながらも、名外科医の手で妹アレクサンドラそっくりの顔に生まれ変わります。この入れ替わりを使ってジョージを殺害し、証拠を操作してアレクサンドラを陥れようとします。
ここからラストまでは、読む手が完全に止まりません。イブを追い詰める証拠が積み上がっていく展開と、整形手術の出来が鍵になるという伏線がバチーンとはまる瞬間は、読んでいる最中に思わず声が出ます。
アレクサンドラの息子ロバートは、幼くして卓越した音楽の才能を持っています。ケイトはロバートをビジネスの後継者にしようとしますが、アレクサンドラ夫妻は、子どもが本当にやりたいことをやらせるという姿勢で守ります。最終的にケイトは折れ、ロバートの音楽の道を支援すると約束します。
90歳のケイトの誕生パーティーで、物語は幕を閉じます。まだまだ商才は衰えない、という言葉とともに。
「ゲームの達人(Master of the Game)」というタイトルは、デビッドの「ビジネスはゲームだ」という言葉から来ています。けれど読み終えると、では本当のゲームの達人は誰だったのか、という問いが残ります。
- ジェミー:復讐は達成した。しかし息子を失い、脳卒中で倒れた
- ケイト:帝国を築いた。しかし息子の人生を潰し、孫娘にも裏切られかけた
- イブ:最も「ゲーム」を理解していた。しかし最後に負けた
- アレクサンドラ:「ゲーム」をほとんどしなかった。にもかかわらず、最後に生き残った
ゲームの達人として振る舞い続けたケイトが、実はゲームに最も多くのものを奪われていた。この逆説が、タイトルの深みだと再読して気づきました。本当の達人とは、ゲームをしなかった者なのかもしれない。初読のときは単純に痛快なサーガとして読んでいましたが、大人になった今の目線で読むと、ケイトへの感情がまるで変わります。
この作品が単なる愛憎ドロドロ劇で終わらない理由のひとつが、実在の歴史を土台にしていることです。
ジェミーを騙すバン・ダー・マーは、オランダ系移民の子孫であるボーア人です。1880年代の南アフリカはダイヤモンド・ラッシュの真っ只中で、先住のボーア人と、一攫千金を狙うイギリス系移民とのあいだで熾烈な対立が起きていました。これがやがて、ボーア戦争(1899〜1902年)という殺し合いへ発展します。
ジェミーが受けた仕打ちは、単なる個人の恨みではありません。当時のイギリス系移民とボーア人という国家規模の緊張が、一人の青年の運命に圧縮されていたのです。
ジェミーの命の恩人であるアフリカ人バンダの存在も重要です。作中では黒人労働者が虫けらのように扱われる描写が多くありますが、これは後に南アフリカで国策となるアパルトヘイト(人種隔離政策、1948〜1991年に法制度が段階的に撤廃)の前夜の光景です。
ジェットコースターのように楽しんでいたストーリーが、ダイヤモンド・ラッシュ、ボーア戦争、人種差別、世界大戦という本物の歴史と血の上に成り立っていると気づくと、読後感がまた変わります。
- 元ハリウッドの脚本家:映画でアカデミー脚本賞、舞台でトニー賞を受賞。テレビでは人気コメディ「かわいい魔女ジニー(I Dream of Jeannie)」の生みの親(よく混同されますが、別作品の「奥さまは魔女」ではありません)
- 小説デビューは50歳を過ぎてから:その後の作品が次々ベストセラーに。累計3億部超、ギネスで世界で最も多くの言語に翻訳された作家に認定
- 1ページも読者を飽きさせないが信条:映像的なライティングが特徴
洋書で挫折する一番の理由は、今、誰が喋ってるの、この修飾語どこにかかってるの、という迷子状態です。シェルダンの文章はその逆で、脚本のト書きに近いシンプルさです。
Kate made her decision. She picked up the telephone and dialed.
(ケイトは決断した。受話器を取り、ダイヤルした。)
主語と動詞が常に明確で、複雑な構文がほとんど出てきません。映像として頭に浮かびやすく、英語の語順に慣れるのに向いた文体です。
英語多読で最も大事なのは、分からない単語を文脈で飛ばして読み進める力です。退屈な教材だと一語でも止まってしまいますが、シェルダンは続きが気になりすぎて、自然とそのスキルが身につきます。
この一冊で、南アフリカのダイヤモンド産業、ボーア戦争、人種差別の歴史、20世紀の国際ビジネスといった背景知識が、副産物として頭に入ります。
多読の進め方:最初は日本語版で一周してあらすじを掴んでから英語版(原書)に進むと、知らない単語が出ても物語の流れで補完しながら読み進められます。先が気になってページをめくる手が止まらないので、むしろ終わらないでほしいと思うはずです。英語の朗読で耳から入れたい人は、Audibleの無料体験で原書のオーディオブックを試すのも手です。
日本語の文庫は版によって在庫が薄いことがあります。新刊で見つからないときは、楽天の検索ページとメルカリの中古を合わせて見るのが早いです。シェルダンの超訳シリーズはかつて爆発的に売れた作品群なので、中古の出物が豊富です。
新規登録時に招待コードを入れると、双方に500ポイントが付きます。中古の文庫なら、そのまま1冊分くらいの足しになります。
YRCNMN- 「ゲームの達人」のあらすじを一言で教えてください
- 1880年代の南アフリカから始まる、4世代100年の一族サーガです。ダイヤモンドで財を成したジェミーの娘ケイトが世界的企業を築き、誰を後継者にするかをめぐって、愛憎と操作と復讐が連鎖していく物語です。
- 登場人物が多くて混乱します
- 4世代に分けると整理できます。第1世代はジェミー(創業者)、第2世代はケイト(本作の主役)、第3世代はトニー(ケイトの息子)、第4世代はイブとアレクサンドラ(双子の孫娘)。この流れを頭に入れてから読むと格段に分かりやすくなります。本記事の登場人物一覧もご活用ください。
- タイトル「ゲームの達人」の意味は何ですか
- デビッド・ブラックウェルの「ビジネスはゲームだ」という言葉に由来します。けれど読み終えると、最もゲームをしなかったアレクサンドラが最後に生き残るという逆説に気づきます。本当のゲームの達人は誰か、という問いがこのタイトルの深みです。
- TVミニシリーズ版と小説版、どちらがおすすめですか
- 小説版を先に読むのをおすすめします。1984年制作のTVミニシリーズ(ダイアン・キャノン主演)も評価は高いですが、小説の緻密な伏線回収と没入感は原作ならではです。小説を読んでから映像版を見ると、また別の楽しみ方ができます。
- 続編「Mistress of the Game」は読む価値がありますか
- シェルダン本人の作品ではなく、ティリー・バグショー(Tilly Bagshawe)が書き継いだものです。文体や雰囲気は本家と異なります。読み終えて続きが気になった方には手に取る価値があります。評価は賛否が分かれますが、ロバートの世代以降の話として楽しめます。
- 4世代の家系を頭に入れてから読む。ジェミー、ケイト、トニー、双子という流れを把握しておくと混乱が格段に減る
- 文章は単調、でも物語は極彩色。シェルダンはプロットで読ませる作家。次に何が起きるかが止まらない理由のすべて
- タイトルの意味を考えながら読む。本当のゲームの達人は誰か、という問いを持って読むと、ラストの意味が深くなる
大人になって再読した「ゲームの達人」は、ケイトへの感情がまるで変わりました。初読のときはどこか痛快に感じていた強さが、今は業の深さに見えます。
まだ読んだことがない人は、翌日に予定がない夜に読み始めてください。すでに読んだことがある人も、大人になった今の目線で再読すると、ゲームの達人という言葉の意味がまるで変わるはずです。
