「なげーな」と思っていました。680ページ。手に取った瞬間、正直そう思いました。
以前に買ったものの読まずに棚に積んでいたこの本を、ある日ふと手に取りました。「まあ、せっかく買ったし」くらいの気持ちで読み始めたのに、第4部に入ったとたん夜更かしが続いてしまって。
読み終えてから、これが本屋大賞を受賞したというのも納得でした。そして読み終えた後にあることをしたとき、「えっ!」という驚きがもう一度ありました。
「ゴールデンスランバー」 伊坂幸太郎 著 / 新潮文庫
伊坂幸太郎さんの作品はそれまでにも読んでいました。だからこそ「ゴールデンスランバー」も買っていたのに、680ページという分厚さと、ちょっとした面倒くさがりが重なって、長いこと棚で眠らせていたんです。
本棚の整理をしていてふと手に取り、読み始めたのがきっかけでした。最初は「せっかくだし」くらいの気持ちだったのに、第4部からは完全に止まれなくなった。それ以来、夜更かしが何日か続きました。
この小説が「本屋大賞」を受賞したのは2008年ですが、読んでみると「そりゃそうだ」という納得感がありました。受賞作には「話題性だけが先行している」ものもありますが、これはちゃんと面白い。
- 著者:伊坂幸太郎
- 出版:2007年(単行本・新潮社)/ 2010年(新潮文庫)
- ページ数:約680ページ(文庫版)
- 受賞:2008年 第5回本屋大賞 / 第21回山本周五郎賞
- 映像化:2010年映画化(中村義洋 監督/堺雅人 主演)
首相暗殺事件の犯人に仕立て上げられた男が、巨大な組織から逃げ続けるという物語です。主人公は特別な能力も武器も持たない、ごく普通の男・青柳雅春。「逃げる」こと、「生き続けること」だけが彼のできることです。
一言で言えば逃亡スリラーですが、読み終えると「それだけじゃなかった」という感覚があります。その理由は、後ほど話します。
この作品は独特の5部構成になっています。読み始める前に知っておくと、読みやすくなります。
| パート | 時制 | 内容と役割 |
|---|---|---|
| 第1部:事件のはじまり | 事件当日 | 元恋人・樋口晴子がパレード中継を見る場面と、青柳が旧友・森田森吾と再会し「オズワルドにされるぞ」と告げられる場面。首相暗殺と逃走の始まり |
| 第2部:事件の視聴者 | 事件当日 | 世間から見た事件の様子。報道・目撃者・周囲の視点 |
| 第3部:事件から二十年後 | 20年後 | ノンフィクションライターによる事件の調査記録。ある人物の「その後」が語られる |
| 第4部:事件 | 事件当日〜数日間 | 青柳の逃走劇が本格化。本編の中心で、ここから一気にテンポが上がる |
| 第5部:事件から三ヶ月後 | 3か月後 | 余韻と着地 |
第3部が「20年後」の話として先に挿入されているのは、読者に「事件は解決した/しなかった」という情報を先に与えるためです。これが最初は「ネタバレじゃないか」と感じるかもしれませんが、あえてこの順番に意味があります——その意味は、読み終えてから気づきます。
この作品を調べていると「ゴールデンスランバー 20年後」という言葉をよく見かけます。これは、5部構成の第3部「事件から二十年後」を指しています。物語の時系列の中で、ここだけが事件から20年も飛んだ未来に設定されているからです。
第3部は、首相暗殺事件から20年が経った時点で、あるノンフィクションライターが事件を調べ直した「調査記録(ルポ)」という体裁で書かれています。当時の関係者の証言や資料を引きながら、「あの事件は本当は何だったのか」を検証していく——いわば本編(第4部)の逃走劇の答え合わせが、先に置かれているのがこの第3部です。
多くの人がつまずくのが、「なぜ20年後の話を、本編より前に読ませるのか」という疑問だと思います。普通なら時系列順に並べたほうが分かりやすいはずです。でも伊坂幸太郎さんは、あえてここに20年後を挟むことで、事件の「その後」という結果だけを先に見せ、その「過程」は最後に体験させる、という仕掛けを作っています。
- 体裁:ノンフィクションライターによる事件の調査記録(ルポ)
- 役割:本編の逃走劇(第4部)の結末を、先回りしてにおわせる
- 読みどころ:本編を読み終えてから戻ると、何気ない記述の意味が反転する
ここからが、第3部のいちばん面白いところです。
最初に読んだときは、淡々とした「事件の後日談」にしか見えません。ライターが事件を整理しても真相は結局うやむやのまま、ケネディ暗殺になぞらえて「真相は百年非公開」とされる——という、少し突き放した調子で進みます。
ところが本編を読み終えてから読み返すと、印象がまるで変わります。このルポを書いているノンフィクションライターが、実は青柳本人なのではないか、と読み取れてくるのです。逃走中にショッピングモールで出会った若者の言葉をさりげなく引用していたり、亡き親友・森田を思わせる存在に強くこだわっていたり。事件をいちばん近くで知っている人間でなければ書けない手つきが、文章の端々に残されています。
決め手だと感じたのは、第3部に出てくる「二日間」という振り返り方です。青柳が逃げ回った日々が、ここではごく短い「二日間」として区切られています。けれど、その逃亡が二日間で終わったと知っているのは、本当はごく一部の人間だけのはずです。警察はその後も彼を追い続けたでしょうし、樋口晴子たち友人も、テレビの前の視聴者も、青柳はまだどこかで逃げ続けていると思っていた。顔を変え、別の人生へと逃げ切っていく——その結末に立ち会った当人でなければ、あの日々を「二日間」とは区切れません。
つまり、ルポを「二日間」と書けてしまう時点で、その書き手は青柳本人ではないか。そう読めてきます。終盤に置かれた、亡き親友・森田をしのばせる一文も、その読みをそっと後押しします。
はっきりとは書かれていません。でも、だからこそ「あっ、この人……」となる。青柳は20年後も生き延びて、自分を陥れた事件を、今度は書く側から静かに見つめ直しているのではないか。
最初に正直に言っておきます。第3部まではやや助走感があります。
第1部・第2部は逃走の始まりと世間の視点が交互に描かれ、「どういう話なんだろう」という状況整理の時間が続きます。第3部は20年後という時制のせいで、少し浮いた感じもある。
ところが第4部に入ると、空気が変わります。
青柳の逃走が本格化し、追手との距離がどんどん縮まる。次の展開が気になって、「ちょっと待って、もう夜中の2時か」という状態になります。分厚さを「なげーな」と感じていたのが嘘のように、ページを繰る手が止まらなくなります。
表面上はスリリングな逃亡劇ですが、この小説が刺さる理由は別のところにあります。
青柳は、追われながら次々と「助ける人」に出会います。元同僚、旧友、関係のない人々……それぞれが、自分の安全を危険にさらしながら青柳を助けます。彼らは全員、「青柳が無実だから」というより、「青柳だから」助けるんです。
その描写が、スリラーとしての緊張感の中でじわじわと効いてきます。読みながら、「自分にもこういう人がいるだろうか」と思わずにはいられない。
「人間の最大の武器は、習慣と信頼だよ」
学生時代の友人・森田森吾が口にするこの言葉が、物語の芯になっています。権力に立ち向かうのではなく、ただ逃げ、ただ生き続ける——その青柳を最後に支えるのは、武器でも力でもなく、彼の何気ない「習慣」と、仲間たちの「信頼」でした。この一見ささやかなものが結末でどう効いてくるのか、ぜひ自分の目で確かめてほしいところです。
読み終えてすぐ、第3部を読み返してみてください。これをやらずに「読み終わった」と思っているなら、もったいないです。
第3部は「事件から20年後のノンフィクションライターによる調査記録」という体裁で書かれています。読んでいる最中は「事件の後日談」として流し読みしがちですが、本編(第4部)を読み終えてから戻ると、ある人物について「あっ、この人……」という発見があります。
伊坂幸太郎さんが意図的にこの順番にしたのは、本編を知らない状態では「気づかせない」ためだということが、読み返してみるとよくわかります。一本取られる感じ、というのが正確な表現です。
2010年に堺雅人さん主演で映画化されています(監督は中村義洋さん)。映画も面白いのですが、個人的な意見を言うなら、小説を先に読むことをおすすめします。
| 小説版 | 映画版(堺雅人主演) | |
|---|---|---|
| 伏線の回収 | 緻密で読後の満足感が高い | 尺の関係で省略あり |
| 逃走劇の没入感 | 文章による臨場感 | 映像ならではのスピード感 |
| 第3部(20年後)の仕掛け | 読み返しで「発見」できる | 構造上体験しにくい |
| おすすめの使い方 | まず読む | 読んだ後に見ると2倍楽しめる |
映画は映画でテンポよくまとまっていて、堺雅人さんのキャスティングも青柳のキャラクターによく合っています。ただ、小説の「第3部の読み返し」という体験は映画では再現できないので、その意味でも小説を先に読んでほしいと思います。
- 第3部までは助走として読む——第4部から一気にテンポが上がる。序盤が遅く感じても読み続けてほしい
- 「20年後(第3部)」は仕掛けの核——本編の結末を先回りでにおわせる構造。読後に読み返すと意味が反転する
- 「逃げる」だけじゃない——逃走劇の中に「誰かに信じてもらうこと」「それでも生きること」が描かれている
- 読み終えたら第3部を読み返す——青柳のその後と、ある人物への「発見」がそこにある
- 一気読みできるスリラーを探している人
- 「伏線の回収が気持ちいい」小説が好きな人
- 伊坂幸太郎の入門作を探している人
- 映画版を見たことがあって、原作も読んでみたい人
- 「友情」や「信頼」を軸にした物語に弱い人
本棚で眠っているこの本を読み始めたとき、まさかこんなに夜更かしすることになるとは思っていませんでした。「なげーな」と思って手に取った680ページが、読み終えてみると「もっと続きを読みたかった」という気持ちになっていた。
読み終えたら、ぜひ第3部だけ読み返してみてください。
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