フィリピン人はなぜ外国人コンプレックスを持つのか。「コロニアル・メンタリティー」を現地5年の経験から考える

この記事でわかること
  • コロニアル・メンタリティーの定義と学術的な背景
  • なぜフィリピンにこれほど深く根付いているのか(333年という数字の意味)
  • 日常生活で実際に見える場面(一次情報)
  • フィリピンにとって複雑な「プラスの側面」という話
  • 今起きている脱植民地化の動き

フィリピンに5年以上関わり、現地でのマネジメント経験もある私は、ずっとある疑問を持っていました。

「なぜフィリピン人は、自分の国よりアメリカや欧米を無条件に上に置くのだろう」

肌を白くしたがる。英語が話せると社会的に上に見られる。外国人との結婚を家族に喜ばれる。テレビに出ている芸能人はほぼ全員が混血(メスティーソ)。こういった光景を日常的に目にするうちに、「コロニアル・メンタリティー(Colonial Mentality)」という言葉に辿り着きました。

この記事では、コロニアル・メンタリティーとは何か、なぜフィリピンにそれが根付いているのか、そして現地での生活でどう感じたかを書いていきます。批判でも賛美でもなく、仕組みを理解するために。

コロニアル・メンタリティーとは何か

コロニアル・メンタリティーとは、植民地支配を受けた民族が、支配者の文化・価値観を自分たちのものより優れていると内面化した状態を指します。単に外来文化の影響を受けることではなく、「自分たちの文化は劣っている」という自己卑下の意識が心の奥に刻み込まれること。それがコロニアル・メンタリティーです。

心理学者のE.J.R. DavidとSumie Okazakiが2006年に発表した研究では、フィリピン系アメリカ人を対象に「植民地的精神性尺度(Colonial Mentality Scale、CMS)」を開発しました(Cultural Diversity and Ethnic Minority Psychology, 12(1), 2006 / Journal of Counseling Psychology, 53(2), 2006)。これはフィリピン系アメリカ人を対象とした研究ですが、フィリピン本土での意識を間接的に測る指標としても広く引用されています。

CMSの質問項目の例:「自分のフィリピン人としての出自が原因で、劣っていると感じる場面がある」「自分が持っている肌の色より、明るい肌の色を持ちたいと思う」「フィリピン人はスペインやアメリカに植民地化されたことに感謝すべきだ」

ここで重要なのは、この意識が本人にとって自覚されにくいという点です。「フィリピン文化は劣っている」とはっきり言う人はほとんどいない。でも行動や価値観の選択に、じわじわと影響しています。同研究によると、コロニアル・メンタリティーはうつ症状と有意に相関していることも示されています(David, 2008, Cultural Diversity and Ethnic Minority Psychology)。

なぜフィリピンに深く根付いているのか:333年という時間

フィリピンは歴史的に複数の国に植民地支配を受けてきました。それぞれの影響力は、支配期間の長さとほぼ比例しています。

支配国 期間 主な影響
スペイン 1565〜1898年(約333年) カトリック、姓名制度、スペイン語の言語的浸透、肌の色と社会階層の結びつき
アメリカ 1898〜1946年(約48年) 英語教育、公教育制度、民主主義、美白製品市場、ポップカルチャー
日本 1942〜1945年(約3年) 一部の食文化。文化的影響としては限定的

333年という数字は想像を絶する長さです。日本で言えば、江戸時代が始まる前から現在まですべて外国の支配下にあったようなもの。その間に生まれ、育ち、死んでいったほぼ全てのフィリピン人が、植民地支配を「当たり前の日常」として生きてきた。

フィリピンの国立美術館などを立ち寄ると、植民地との歴史関係が特に相関しており
~植民地化時代と区分けされて展示場が作成されるほど、フィリピンと植民地の関係性は密接につながっています。

スペインが植え付けた「肌の色と身分の方程式」

スペイン植民地時代、支配者層はカスタ(casta)と呼ばれる人種ヒエラルキーを制度化しました。スペイン系の血が多いほど上位、フィリピン先住民(インディオと呼ばれた)は最下層に置かれた。農業に従事する先住民は日焼けした肌を持ち、支配者層のスペイン系は屋内で生活する白い肌を持っていた。

この「白い肌=上流・権力」「黒い肌=農民・貧困」という図式が、333年間をかけてフィリピン社会の骨格に刷り込まれていきました。

スペイン語はフィリピン語(タガログ語)の中に今も生きています。eskuwela(学校)、guapo(ハンサム)、familia(家族)、zapatos(靴)。日常語の中にスペイン語がこれほど自然に溶け込んでいるという事実は、言語的植民地化の深さを物語っています。

またフィリピンはアジアで唯一カトリックが主流の国で、人口の約85%以上がカトリック教徒です(出典:E.J.R. David, 2006)。これはスペイン植民地時代の直接の産物であり、離婚が現在も法的に認められていない(別居や婚姻無効は可能)、中絶も原則禁止という法律にも今なお反映されています。

アメリカが構築した「英語=頭の良さ」という方程式

アメリカはスペインとは異なるアプローチで、より巧妙に支配構造を構築しました。それが「公教育」です。スペイン時代の学校はカトリック教会が運営する私立のみでしたが、アメリカが無償の公立学校制度を全土に広めた。フィリピン国民の識字率は劇的に上がりました。

ただし、その教育はすべて英語で行われた。英語が「知識人の言語」として確立し、今もフィリピンでは英語力が就職・収入・社会的地位と直結しています。

現地での経験から気づいたことがあります。教育レベルが高い人ほど、タガログ語よりも英語での会話を好む傾向がある。学生同士でも、あえてタガログ語を使わず英語で話し合う場面が普通に起きています。英語を使うこと自体が「自分は教育を受けている」という無意識のシグナルになっているわけです。逆に英語が出てこないと、それだけで「教育レベルが低い」と判断される空気がある。言語がそのまま社会的ステータスの記号になっている。

日常で見えるコロニアル・メンタリティー
① 肌の白さへの執着:10億ドル産業の正体

フィリピンのスーパーマーケットやコンビニの化粧品コーナーに入ると、その大部分が「美白」「ホワイトニング」製品です。洗顔料、日焼け止め、ボディローション、果ては歯磨き粉まで「ホワイトニング」を謳っている。

これは単なるマーケティングではありません。研究者のMendozaらによると、フィリピンの美白製品市場はビリオンダラー規模の産業で、その人気は「ポストコロニアルな内面化された人種差別(post-colonial, internalized racism)」によって支えられていると分析されています(Mendoza et al., Journal of Health Economics, 2014)。また、フィリピン女性の約半数が美白製品を使用または使用経験があるとするデータも報告されています。

同じアジア圏の研究(2004年のSynovate調査)では、香港・韓国・マレーシア・フィリピン・台湾の女性のうち5人に2人が「白い肌の方が魅力的に感じる」と回答していますが、その中でもフィリピンは美白製品の使用率が特に高い国とされていました。

私が関わった現場でも、同僚がグルタチオン(美白効果があるとされるサプリメント)の点滴を受けているという話を聞いたことがあります。日本人からすると驚く話ですが、現地ではさほど珍しくない選択肢として流通している。

② テレビ・芸能界のメスティーソ偏重

フィリピンのテレビドラマや映画に出てくる主役は、ほぼ例外なくメスティーソ(mestizo)です。メスティーソとはスペイン語で「混血」を意味し、フィリピンではスペイン系・アメリカ系などとの混血を指すことが多い。

人口遺伝学の研究(2021年)によると、ヨーロッパ系の遺伝子マーカーを持つフィリピン人は人口の約1%程度にすぎないとされています(出典:tayohelp.com引用の遺伝学的データ)。
それでもテレビの中の「美しさの標準」はその数字とかけ離れています。フィリピン本来の先住民的外見を持つ俳優が主役を張ることは極めて稀です。

2020年に制作されたドラマ「バガーニ」は、フィリピン先住民を題材にしながら主役にメスティーソ系の俳優を起用したとして大きな批判を受けました。「なぜ先住民の物語に先住民の顔がないのか」という問いは、今もフィリピン社会で議論が続いています。

③ 「外国人との結婚」への高い評価

外国人との結婚が、ある種のステータスとして捉えられる文化があります。これを単純に批判するのは難しい。外国人との結婚が家族の生活水準を上げる現実的な手段でもある以上、経済的合理性の側面は否定できません。

ただ、E.J.R. Davidらの研究が指摘するのは、「フィリピン人男性より外国人の方が良い」という意識の底にある構造です。それは「選んでいる」のではなく、「外国人=格上」という植民地時代以来の価値観が自動的に作動している場合がある。その違いがコロニアル・メンタリティーの核心にあります。

④ 「フィリピン語訛り」を馬鹿にする同士討ち

コロニアル・メンタリティーが最も残酷な形で現れるのが、フィリピン人同士がお互いを貶める場面です。David & Okazaki(2006年)の研究ではこれを「フィリピン語訛りの強い英語を話す同胞を馬鹿にする(make fun of Filipinos who speak English with a strong Filipino accent)」という行動として記述しています。

英語の流暢さで「教育があるか」を判断する。この価値観は、アメリカが英語教育で意図的に構築した社会構造の直接の遺産です。

コロニアル・メンタリティーはすべて悪なのか:複雑な話

ここは単純に批判するだけでは足りない、複雑な話です。

植民地支配がフィリピンに残したものの中には、明らかにプラスのものもあります。無償の公教育、宗教的自由の制度化、民主主義の概念。これらはスペインの宗教的独裁に対抗する形でアメリカがもたらした側面もある。カトリックを事実上の国教とし、改宗を強制していたスペイン時代と比較すれば、信仰の選択肢は広がった。

フィリピン文化はスペイン・アメリカ・中国・先住民文化が混ざり合ったハイブリッドな文化です。その複雑さは、どこにもない独自の豊かさを持っているとも言えます。

問題は「外来文化の影響を受けること」ではなく、「自分たちの文化を自分で選ぶ主体性を失っていること」です。選んで取り入れているのか、それとも「向こうの方が上だから」という前提で自動的に従っているのか。その違いがコロニアル・メンタリティーの核心にあります。

脱植民地化(Decolonization)の動き

近年、フィリピンでもコロニアル・メンタリティーを問い直す動きが少しずつ起きています。

その一つが、植民地支配以前のフィリピンの文字体系「バイバイン(Baybayin)」の復活運動です。スペイン植民地時代に使われなくなったこの文字を現代に蘇らせようとする活動は、フィリピン独自のアイデンティティを取り戻す象徴的な動きとして注目されています。

またSNSを中心に「カユマンギ(kayumanggi=褐色の肌)」という言葉を誇りを持って使うムーブメントが若い世代から起きています。日焼けを恥じるのではなく、フィリピン人本来の肌の色を美しいものとして再定義しようとする動きです。

David(2008年)の研究が示すように、コロニアル・メンタリティーはうつ症状と有意な相関関係があります。これは単なる文化論ではなく、フィリピン人の精神的健康にとって現実的な課題です。脱植民地化は「歴史の話」ではなく、今ここにある心の健康の問題でもあります。

外国人の目線で感じること

フィリピンで長期間働き、現地の人たちとチームを組む中で感じ、印象的だった場面がいくつかあります。

まず、「Sir」という敬称の使われ方がとにかく多い。上司に対してだけでなく、ほぼ同年代の知り合い、初対面のレストランの客、上下関係がほとんどない相手にも普通に「Yes, Sir」「Sure, Sir」と使われる。最初は丁寧だなと感じましたが、長くいるうちに、これが階層を意識した言語習慣として染み付いているのだと気づきました。

肌の白さを比較する発言も日常的に出てきます。フィリピン人の部下達とビーチに行ったことがあるのですが「肌、白いね」「私、最近黒くなった」という話を、日本人が体重の話をするくらいの気軽さでします。

悪意はゼロで、本人も全く問題意識を持っていない。ただその会話の背後に、白い=良い、黒い=良くない、という価値観が静かに流れている感じがします。

外国人に対してやたらと緊張するフィリピン人も少なくありません。日本人の自分と話すとき、明らかにスイッチが入る感じがある。英語が流暢なフィリピン人でも、外国人を前にすると急に自信なさそうになることがある。これはコロニアル・メンタリティーの研究が指摘する「外国人=上位」という無意識の前提が、態度として現れているのかもしれないと感じました。

フィリピン人は「レジリエンス(回復力)」と「温かさ」が強い。自然災害、経済的困難、数百年の植民地支配。そのすべてを経験しながら、「何とかなるさ」という宿命受容と楽観主義で生き続けてきた。笑顔で人に接する文化、家族を何より大切にする価値観、歌や踊りを日常に持ち込む感性。これらはコロニアル・メンタリティーが覆い隠してきたフィリピン本来の豊かさだと感じています。

コロニアル・メンタリティーを理解することは、フィリピンを批判することではなく、外側からその仕組みを知ることで、肌の色の話題が出たとき、英語力で人を評価する発言を聞いたとき、「それってどこから来てるんだろう」と少し立ち止まれるようになる。そういう視点を持つことが、フィリピンで働く外国人として自分にできることだと思っています。


参考文献:E.J.R. David & Sumie Okazaki, "The Colonial Mentality Scale (CMS) for Filipino Americans", Journal of Counseling Psychology, 53(2), 241-252, 2006 / E.J.R. David, "A colonial mentality model of depression for Filipino Americans", Cultural Diversity and Ethnic Minority Psychology, 14(2), 2008 / Mendoza, "The skin whitening industry in the Philippines", Journal of Health Economics, 2014 / Singson, "Colonialism's Role in the Success of the Filipino Skin Whitening Industry", AUCTUS, 2017

マニラ国立図書館(掲示情報)