バブルガムの読書録

一年でTOEIC360→870点の筆者が、実際に読んだ本だけをレビュー。洋書多読・小説・ビジネス書のおすすめを体験談ベースで紹介するブログです。

傲慢と善良は現代版の「高慢と偏見」。昨今の婚活市場を表す小説だった。

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婚約者が消えて途方に暮れている男の前で、結婚相談所を営む老婦人が、いきなり200年前のイギリスの小説の話を始めます。ジェイン・オースティンの「高慢と偏見」です。

辻村深月の「傲慢と善良」は、タイトルからしてこの古典のもじりです。200年前、結婚を邪魔していたのは身分と第一印象。いま邪魔しているのは、自分で自分につけた値段と、誰かに決めてもらうことに慣れた「いい子」の性格。私はこの本を、いまの婚活市場を描いた風刺小説として読みました。

婚活で「ピンとこない」を口にしたことがある人ほど、読んでいて耳が痛いはずです。登場人物の誰かの言い分が、必ずどこかで自分に刺さる。恋愛観や結婚観が、読む前と後で変わってしまう人もいると思います。

傲慢と善良(朝日文庫)

傲慢と善良 (朝日文庫)

  • 作者:辻村 深月
  • 朝日新聞出版
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「傲慢と善良」はどんな話か(ネタバレなし)

単行本は2019年に朝日新聞出版から出て、2022年に朝日文庫になりました。

長く付き合った恋人と別れた西澤架は、マッチングアプリで婚活を始め、控えめで気の利く坂庭真実と出会います。交際は順調でしたが、架はなかなか結婚に踏み切れません。真実がストーカーにつきまとわれていると知って、ようやく婚約を決めた直後、真実は姿を消します。

架は真実の行方を追って、彼女の両親や友人、過去の婚活相手、真実が利用していた結婚相談所を訪ね歩きます。そこで、自分が真実について何も知らなかったことを思い知らされていく。前半の第一部は架の視点、後半の第二部は真実の視点で書かれていて、第一部だけを読むと、真実の失踪は完全にミステリーです。

ただ、この本の本番は謎解きではありません。途中で次々に言葉にされる、婚活をする人の心の中のほうです。2024年には藤ヶ谷太輔さんと奈緒さんの主演で映画化され、鶴谷香央理さんによるコミック版も出ています。

「ピンとこない」の正体

架は婚活で何人もの女性と会ってきました。条件に問題があるわけでも、性格が悪いわけでもない。それでも、なんとなく違う。その感覚を、真実の過去を知る結婚相談所の小野里が、こう言い当てます。

ピンとこない、の正体は、その人が、自分につけている値段です。辻村深月「傲慢と善良」より(小野里の言葉)

相手に魅力がないわけではない。自分が無意識につけた値段と、相手につけた値段が釣り合っていないだけ。自分にはもっといい人がふさわしいはずだと、心のどこかで思っているから、十分に素敵な人と会っても決め手に欠けるわけです。

しかも本人には、その自覚がありません。小野里は、婚活をする人たちについてこうも言います。

皆さん、謙虚だし、自己評価が低い一方で、自己愛の方はとても強いんです。辻村深月「傲慢と善良」より(小野里の言葉)

これ、かなり現実的な話だと思います。自己愛は強いのに、自己肯定感は低い。だから傷つかないように、先に相手の粗を探す。ほかの異性にはやたらと批判的で、婚活やお見合いを「最後の手段」だと思っているから、そこで出会う相手のこともどこか見下している。本人は「高望みなんてしていない」と本気で思っているのに、です。

謙虚な顔をした傲慢。婚活に限らず、人を選ぶ場面ならどこにでも転がっている心理で、だからこそ読んでいて逃げ場がありません。

結婚したい気持ちが70%なら、相手は70点なのか

同じ構図は、架と友人たちの会話にも出てきます。真実と結婚したい気持ちはどのくらいかと聞かれて、架は「70%くらい」と答える。すると友人の美奈子に、それはそのまま架が真実ちゃんにつけた点数だ、と返されてしまいます。

架にとって70%は、結婚に向かう自分の気持ちの強さでした。でも聞く側には、真実という人に70点をつけたようにしか聞こえない。しかも、架が結婚を決めかねている理由が本当に真実にあるのかは、分かりません。覚悟が足りないのは架自身なのに、それを相手の点数として口にしてしまう。

他人を評価しているつもりで、実は自分の値段を語っている。小野里の「ピンとこない」と同じです。この場面の架を笑える人は、そう多くないと思います。

善良であることの落とし穴

タイトルのもう半分、「善良」を背負っているのが真実です。控えめで、周りに気を配り、親の期待に応えて生きてきた。いわゆる「いい子」です。悪い人ではない。ただ、自分が本当に何を望んでいるのかを、自分で決めた経験がほとんどありません。

その背景にいるのが、母親の陽子です。娘の幸せを願っているつもりで、判断の根っこには母親自身の価値観がある。悪意のない過干渉で、本人には娘を縛っている自覚がほとんどありません。同じ家で育ちながら、その母親から距離を取ってきた姉の希実と並べると、真実がなぜ自分の意思を持ちにくくなったのかが見えてきます。

小野里に言わせれば、善良に生きてきた人ほど、親の言いつけを守り、誰かに決めてもらうことが多すぎて、自分がなくなってしまう。結婚がうまくいくのは、自分が欲しいものが分かっている人だ、とも。

「いい子」は褒め言葉のはずなのに、この本の中では弱点として描かれます。自分の望みを言わないまま、相手が察してくれるのを待つ。それも形を変えた傲慢です。架にも真実にも、その母親にも、傲慢さと善良さが同時にある。だから誰か一人の味方には、最後までなりきれない。私はそこが、この小説の一番意地悪で、一番面白いところだと思っています。

現代版の「高慢と偏見」として読む

冒頭に書いた場面に戻ります。小野里が架に持ち出すのが、オースティンの「高慢と偏見」でした。あれを読むと18世紀末から19世紀初頭のイギリスの、田舎の結婚事情がよく分かる。当時は恋愛にも身分が大きく関わっていた。そう話したうえで、いまの日本には目に見える差別はもうないけれど、と続けます。

身分という分かりやすい壁がなくなったかわりに、一人ひとりが自分の中に物差しを持つようになった。その物差しで相手を測りながら、自分は謙虚なつもりでいる。これが現代の「傲慢」です。物差しを持たずに、親や周りに決めてもらうのが現代の「善良」。

「高慢と偏見」も、当時の結婚事情を皮肉たっぷりに書いた小説でした。独身の金持ちの男は妻を欲しがっているに違いない、それが世間の真理だ、という書き出しからして皮肉です。「傲慢と善良」は、それと同じ意地の悪い目で、いまの婚活を切り取っている。古典をなぞったというより、いまの婚活市場を風刺した小説として、驚くほど現代をよく表していると思います。

そして、本の中で本を紹介されると、読みたくなってしまうものです。私もまんまと手を出しました。

「高慢と偏見」はどんな本か

ジェイン・オースティン(1775〜1817)は、イングランド南部の牧師の家に生まれたイギリスの作家です。1811年の「分別と多感」から、「高慢と偏見」(1813年)、「マンスフィールド・パーク」「エマ」と書きましたが、生前に出した4作はどれも名前を伏せたままでした。41歳で亡くなり、生涯結婚していません。1802年には一度受けた求婚を、翌日に断っています。結婚の話ばかり書いた人が、自分は結婚しなかった。ここは何度考えても面白いところです。

日本では夏目漱石が早くから高く評価していて、「文学論」でこう書いています。

Jane Austen は写実の泰斗なり。平凡にして活躍せる文字を草して技神に入る。夏目漱石「文学論」より

物語の舞台は、地方の地主(ジェントリ)の暮らしです。ベネット家には5人の娘がいますが、屋敷と土地は限嗣相続で男子にしか継げず、父親が亡くなれば遠縁のコリンズ氏のものになります。働いて稼ぐ道がほとんどない時代、娘たちにとって結婚は、そのまま生活の問題でした。

そこへ年収4,000〜5,000ポンドの青年ビングリーが越してきて、長女ジェーンに惹かれます。その友人ダーシーは年収1万ポンドの大地主で、舞踏会で次女エリザベスのことを、悪くはないが自分が踊る気になるほどではない、と言ったのを本人に聞かれてしまう。最悪の第一印象から始まる二人の話です。

読んでみると、高慢なのはダーシーだけではなく、偏見を持っているのもエリザベスだけではありません。聡明で観察眼に自信があるからこそ、エリザベスは一度決めつけた人物像からなかなか抜け出せない。自分は人を見る目がある、と思っている人ほど危ないというのは、「傲慢と善良」の架とまったく同じです。

大きな事件はほとんど起きず、舞踏会と訪問と会話だけで話が進みますが、その会話が皮肉とユーモアに満ちていて退屈しません。地の文がいつの間にか登場人物の心の声に入り込む書き方(自由間接話法)も、オースティンが磨いたものです。「傲慢と善良」の容赦ない心理描写のあとに読むと、200年前にもう同じことをやっていたのかと驚きます。

高慢と偏見(上)光文社古典新訳文庫

高慢と偏見(上) (光文社古典新訳文庫)

  • 作者:オースティン(著)、小尾 芙佐(訳)
  • 光文社
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おわりに

小野里がわざわざ200年前の小説を持ち出すのは、結婚をめぐる人の心が、身分制度がなくなったくらいでは変わらないからでしょう。変わったのは、値札を貼る場所が、身分から自分の中に移ったことくらい。

「傲慢と善良」を読み終えたら、小野里が勧めたあの本も開いてみてください。架とダーシー、真実とエリザベスを並べてみると、200年で変わったものと、まったく変わっていないものが、はっきり見えてきます。

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